自然災害から駅を守りお客さま影響を「0(ゼロ)」にできるか
お客さま影響を「0(ゼロ)」にできるか、との問いに答えるのは難しい。もちろん、日々それに向かって挑戦しつづけているが、その日々の努力が足元からすくわれる事象がある。それは甚大な自然災害だ。
事前の対策にもかかわらず、ひとたび自然が猛威を振るえば、私たちの日常はあっけなく奪われてしまう。そのような時であっても、いち早く障害を復旧し「いつもの駅」をいかに取り戻すか。2019年、2023 年に大雨による被害に立ち向かった千葉支店の挑戦を振り返る。
台風の通り道・千葉県
ビルテック千葉支店は、千葉県にある東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR 東日本)の駅・施設を主として建物・設備の維持管理をしている。太平洋にせり出す房総半島は温暖な気候に恵まれ、海の幸・山の幸の豊かな土地だ。企業のオフィス・学校なども多く、大きな住宅地を持つ。サーフィンや自転車等のアクティビティも盛んで、観光名所も多数ある。まさに、「住むに良し・遊ぶに良し」である。その通勤・通学や観光客の足を支えるのが駅だ。
一方で、房総半島は台風の通り道でもある。東京湾から直接上陸してくる台風は、温暖化の影響か最近では急速に威力を増しており、特に2019 年台風19 号、2023 年台風13 号の被害は甚大であった。
2023年9月8日 8:56 台風13号
「あれ?」建物維持管理の中で建築部門を担当する松本課長は思わず顔をあげた。前畑支店長と共に、幕張車両センター構内で数日前に発生した水漏れ事象の原因調査と修繕方法の現地打ち合わせの最中であった。JR 東日本千葉支社の担当も一緒だ。全員が顔を見合わす。「この降り方はあの時の雨に似ている。」
途端に携帯電話が鳴り響く。駅に浸水したとの情報だった。その場で「異常時情報共有システム」を確認。このシステムはJR 東日本グループで画像を共有するシステムだ。水による障害が次々にアップされる。駅前広場も駅コンコースも駅事務室も駅社員の休養室も・・・。「支店に戻るぞ・・・。」
移動しながら当時JR 事業本部が試行していたSNSの情報収集ツール「Spectee」のメール通知にて情報を入手。「Spectee」とはSNS 投稿や気象庁データ、全国の道路・河川カメラから瞬時に収集でき、様々な人から被害の情報がリアルタイムで確認できる仕組みだ。どうやら道路は土砂崩れや冠水で通行止めのところがありそうだ。
台風13 号への準備はしていた。今回の台風は勢力が弱く進路も直撃しない予報だった。しかし、じわりじわりと房総半島へ進路がずれはじめ、台風の前にできた線状降水帯が同じ位置にかかり、ピクリとも動かない。特に河川より低い場所にある外房線大網駅は、河川が氾濫してしまったら浸水は免れないだろう。「避難命令が出ました。大網駅に近づくことができません。」
2019年10月1日 9:30 台風19号
2019 年、屋根や樋を飛ばした風、台風15 号で多くの民家の屋根にかかる応急処置のブルーシートの映像を記憶している人も多いだろう。だが、実際に浸水の被害を受けたのはその次に来た雨、台風の19 号の時であった。駅が冠水し鉄道の復旧には何日も必要とした。
当時の松本は新米の副課長で、上司に同行し浸水被害を受けた大網駅にいた。大網駅は最大で50 センチほど冠水しており、水は引いたものの泥だらけで、駅社員は汗だくとなってコンコースや改札の泥をさらっていた。駅社員の事務室・休憩室にも水が入り壁は水を吸ってぶかぶかだ。放置すればカビだらけになる事だろう。コンセントも泥が入ったため修繕が必要。電子機器にも水がかかり、電話回線も不通になっていた。他の駅でも同じような状況が生じていた。
川村課長は「まずは清掃と消毒。永田駅はどうなっている?」と各現場の状況を把握の上JR 東日本と協議。そして手際よく専門業者を手配した。社員の中にも住んでいる家が浸水した者もいた。専門業者も同じだ。しかし、何とか早く電車を動かしたい、地域の人々の日常を取り戻したい、その一心で現場にいた。
「松本副課長、よく見ておけ。何を優先させ、なにが必要になるか。」課長は遠くを見るようにつぶやいた。
2023年9月8日 13:50 台風13号
JR東日本千葉支店では対策本部が既に設置されていた。LINE で状況を把握していたが、それ以上の慌ただしさで副支店長を筆頭に社員が応対に飛び回っていた。被害状況が次々と収集・整理され、マスコミ等で大きく報道された駅以外にも多くの駅や施設に水が迫っていた。千葉駅近くの鉄道に関わる重要施設にも浸水被害が出はじめた。
2019 年の台風19 号との違いは、経験に基づく対策があることだ。支店にはバキューム掃除機・吸水土嚢・IT 機器類を保護する養生ビニールもある。千葉支店のメンバーはバキューム掃除機や土嚢、シートをもって現場を飛びまわり、障害が大きくなる前に何とか食い止めていた。防御の一手。
雨は強く、恐怖を覚えるほど大きな音を立てている。台風本体が近づいていた。
2023年9月9日 8:40 台風13号
台風は通過した。神永総括主任は大網駅で指揮を執っていた。避難指示が解除されて、やっと現場についた。いつも協力してもらっている地元の建設会社・設備会社などからも復旧のための作業員が集まっていた。「まずは消毒だ。」
駅全体の設備を確認する。設備と同時に駅社員の事務室等を復旧させなければ、列車が運行できない。濡れたカーペットを引きはがし、予備のカーペットで仮復旧した。カーペットも前回の台風の経験から多めに確保していたものだ。
隠ぺい部や狭い箇所はファイバースコープの画像で確認した。仮復旧から乾燥を経て内装をすべて復旧するには、これから10~20 日ほどかかるだろう。
JR 千葉支社や地元のゼネコン、機械・電力・通信のグループ会社と共に手分けして一つ一つ駅を点検する。当社は専門性を活かし、松本課長(建築)、鈴木課長(機械)、横山課長(電気)、早川課長(通信)がそれぞれの課内で班を分け対応にあたった。当社が点検・復旧を担当した大網駅では前回の浸水の経験を活かし通信機器やコンセントの位置を上へ移動していたことで、水没機器の被害は少ない。残暑が厳しいなか、空調にも主だった被害はなく、より復旧へのスピードを上げることができる。各チームから「○○駅、仮復旧完了」の連絡が入るたび、千葉支店では「大変だった。でも、よかった。」という力強い気持ちが満ちていった。
台風13 号接近による大雨の影響で、外房エリアは観測史上最大の降雨量を記録した。JR 千葉支社管内では各線区で運転中止し、被害の大きかった外房線誉田~大網駅間は11 日の最終列車まで運転を見合わせ、12 日始発より運転を再開した。
自然の力は強大だ。その前に人間の無力さを何度も味わっている。しかし、うつむいてばかりではいられない。私たちには知恵と工夫を重ねる力・伝える力で備えることができる。自然災害との闘いの記憶を受け継ぐことで力にして私たちはこれからも「いつもの駅」を守り続ける。